おはようございます。今朝も快晴ですが、とても冷え込んでいました。そのせいかどうかわかりませんが、肩のこりというか痛みがきついです。
労働法学研究会での講演(「これからの人事部の在り方と人事部員のキャリア形成」―会社と社員がともに成長する関係づくりを考える―)が明日に迫りました。大手企業の人事部の方を中心に多くの方が参加されるようですので、しかり準備して臨みたいと思います。
もう5年以上前のことになりますが、自分の人事部勤務時代を振り返って、経験したことや感じたことなど生の声をお伝えしたいと思います。有名な大企業にお勤めの方々にひるむことなく、誇りを持って、しかも謙虚に話ができればと思っています。
そんなことを思いながら、今朝の日経新聞を読んでいましたら、興味深い記事が目に留まりました。
商船三井社長芦田昭充氏―海運業界は「ゆでガエル」回避(2月3日 日経新聞)
「“ゆでガエル”にならずにすんだ」。商船三井の芦田昭充社長は2日、日本航空と比較して海運業界をこう表現した。カエルは熱湯に入れると跳び上がるが、水に入れて徐々に温めると変化に気づかず、まさに日航がこれだったと見る。海運はプラザ合意後の急激な円高に対応して大幅な人員削減に踏み切り、「即断、即決で筋肉質な体質になった」。
同じ運輸業界でも空運は「国の関与度合いが多すぎ、経営判断が遅れ気味だった」と指摘。海運は保護政策からいち早く外れ、国際競争にさらされたことで大手が生き残った。「社員一丸となって危機後にどう対応するかで5年先の未来が変わる」と話していた。(了)
私は、大学で海運論を専攻し、海と船にロマンを感じ、海外での生活にあこがれて、プラザ合意のあった1985年に海運業界に身を投じました。大学の同級生の多くが、総合商社や都市銀行に目を向ける中、先のような理由で敢えて構造不況業種であった海運業界を選びました。今でも愛着を感じています。
芦田社長のおっしゃていることはその通りであり、私も独立後、勤務していた会社や業界のことを聞かれると、(空運との比較の部分〜ちょっと言い過ぎの感あり〜は除いて)このように答えています。構造不況業種と言われていた業界は度重なる試練と荒波を乗り越え、筋肉質な体質になったと思います。
私が入社した1985年から15年間くらいは厳しい国際競争の中、まさに生き残りを賭けて、日々緊張感をもってハードな仕事に励んでいました。先が見えない中、つらい時期もありましたが、歯をくいしばって耐えてきました。
日航もそうですが、危機を乗り越えるには、経営者と社員が一丸となって対応する態勢を整える必要があります。この危機を乗り越えた先にはどんな未来が待っているのか、将来の旗印(ビジョン)を鮮明にし、コミュニケーションをよくして全員で知恵を出し合うことが重要だと思います。
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